僕が医師になるまで29

臨床医学の講義が一通りすんで、
知識がしっかり頭に入っているかを問う試験が終わると、
次はいよいよ臨床実習です。
今でも使っている言葉かどうか知りませんが、
僕らの時には「ポリクリ」と呼ばれていました。

5年生の2学期から6年生の1学期まで(だったと思う)、
約1年間の間に、すべての教科を回ります。

ほとんど見学だけの教科もあれば、
手術できちんと手洗いをして、
いわゆる「鈎引き」と呼ばれる役を
させてもらったこともありました。
すなわち、お腹を開腹した際に、
術者に術野がしっかり見えるように創を引っ張っておく役です。

鈎引きという仕事は、
腹部外科(まあ胸部外科でも一緒でしょうが)に入局したら、
最初の方でさせられる仕事だと思いますが、
学生にとっては、
そんなことでも、医療に直接触れることができた感じがして、
すごくうれしかったのを覚えています。

まあ、本当に入局したら、
鈎引きばかりさせられていたら、
腐っちゃいたくなるようなこともあるでしょうけど。
(でも、本当は、その鈎引きの時代って、
術者がどんな道具を、どの様に使って、
場面場面でどのように処理していくのか、
そうしたことを観察するためのいい機会なのですが)

そうそう!
実習で一つ懐かしい思い出が。

産科実習の時でした。
出産間近の患者さんの担当になりました。
この方の場合、
帝王切開で赤ちゃんを取り上げることが決まっていました。

そして当日、学生である僕も手術に立ち会いなさいと。

僕は手術室に入り、慣れない手術着に着替えました。
手術に立ち会うということは、
手洗いをして清潔のガウンを着て(着せてもらって)、
清潔の手袋をはめて・・・

手洗いというのは何よりも清潔度が重要です。
学生だからと言って清潔度が落ちてはいけません。
丹念に洗剤で手を洗って、
清潔操作で手を拭いて、
手袋をはめるのも一連の流れがあります。
事前に練習していた手袋のはめ方を必死で思い出し、
ようやく用意ができました。

さて、帝王切開をしっかり間近で見学するぞ!

そう思って手術室に入ると・・・
待っていたのは、

「こらぁ~!今ごろ何しに来た!」

という怒鳴り声。

そうです。
すでに開腹は終わり、
赤ん坊も取り出されてしまった後でした。

全くもって、間に合わないものでした。
産科の開腹手術が
そんなに速いものだというのもびっくりでした。

ま、そんな失敗もたくさんありましたが、
そうした積極的な実習をさせてもらった教科は
必然的に印象がよくなります。

最終的に大学卒業後何科を選択するか?
その判断に実習の経験は大きな影響を与えます。

しかし、学生というのは移り気です。
行った先々の教科で実習をすると、
今度はそこの教科が良く見えてきます。

5年生も終わり頃になると、
「おまえ、何科にする?」
そんな話題がちらほら出てくる様になりました。

そろそろ、卒業後の進路を決めなければいけない
季節となっていました。