僕が医師になるまで27

臨床講義が一通り終わりますといよいよ臨床実習です。
でもその前に、きちんと一定の医学知識が
頭に入っているかをみるための試験があります。

あまりこの辺りの記憶は抜けてしまっているのですが・・・
前回書いた科目の全科目の試験を受ける分けですから
全部で20科目近くあります。
それらの全ての教科の試験を2週間ほどの間に受けるのです。

この時と、もう一度同じ様な試験期間として、卒業試験と称して、
臨床実習が終了した6年生の夏頃にも試験がありました。
いずれも、長期間にわたり毎日の様に試験で、
あの時は中々大変でした。

ちょうど臨床実習が始まるころからでしょうか、
だいたいいつも一緒に行動するグループで、
勉強会という自主的な会を持つようになりました。

だいたい週に2~3回、大学の共同スペースだとか、
誰か友達の家だとかに集まって、
医師国家試験の問題集などを片手に問題を解いたり、
まとめたことを発表したりして勉強するのでした。

学校の講義というのは、一応一通り行われますが、
講師の先生によって重点は異なりますし、
授業で興味深いことと、
実際に覚えなければならない事柄とは異なることも多く、
また、臨床実習を行うとはいえ、
その時に経験できることは、
習った知識のごく一部でしかありません。

そうした知識、経験の偏りを少なくするためにも、
グループでの勉強会は役にたちました。

大学に入った頃、
膨大な医学教育を前にして、
果たして自分にこれらを身につけることができるのだろうか、
そんな思いがよぎったことがありました。

その後、基礎医学、臨床講義、臨床実習を通して、
・・・もちろんそれは医学という分野の
ごく入り口にはすぎないのですが、
徐々になじんできていました。

おりしも当時、高知医科大学の第一期生(僕達は四期生)は、
国家試験合格率100%という快挙を成し遂げていました。
まあ、そのおかげというか、そのせいというか、
そのために、教授連達は一期生に続けとばかりに、
国試重視の雰囲気がありました。

まあ、そんなわけで、
卒業試験、ひいては国家試験を前にして、
「まあ、みんなと同じ様に勉強していたら、
さすがに、なんとか医者になれるんだろう」
そんなのんきなことを考えながら、
頑張って勉強していました。

まあ、そうは言っても、試験は水物。
何が起こるか分からない。
自分だけが落ちたらどうしよう・・・
そう言うちょっと臆病なところもありました。

さて、友達の家での勉強会、
土曜日などは結構夜遅くまでやったものでした。

そんな、1986年(昭和61年)の3月頃、
6年生に上がる前だったと思います。
勉強会が終わったのが夜中の2時か3時頃でした。
今から海岸に行こう!という話になりました。
車を持っている友達に乗せてもらって、
海岸にまで行きました。

高知とはいえ、まだまだ寒い時です。
車を降りて、寒さに震えながら海岸近くを歩きます。
さすがに、街中の光が届かない所にまで来ました。
すると普段見ることができないような数の星・星・星!
あんなに多くの星を見たのは初めてでした。

そして、そんな中、
わずかにボーとかすんだ尾をもった星が見えました。
ハレー彗星でした。

約76年周期でやってくるという有名な彗星。
一生に1回、うまくいくと2回みられるかもしれませんが、
次に来るとしたら2061年ですから100歳です。
なんとか見てみたい!
そう思っていたのですが、
あいにくその時の飛来は観測には
あまり向いていなかったらしく、
田舎に下宿していたにもかかわらず、
肉眼で彗星を見ることはできずにいました。

それで、勉強会のあとにみんなで海岸に出かけたのでした。
「見えた!」
そう思ったのもつかの間、
東の空がだんだん明るさを増すようになり、
ハレー彗星はまたたく間に見えなくなってしまいました。
それでもいい思い出です。
大学時代にみんなで勉強したことと一緒に、
このハレー彗星のことを今でも思い出します。