クスリはリスク

3月11日。
この日は、東日本大震災がおきた日です。
多くの方が被災され、亡くなられました。
ご冥福をお祈りします。

僕にとってこの日は、
もう一つ記憶にとどめておきたい、
記憶にとどめておかなければならない日です。
昔、この日に患者さんが重症の薬疹で亡くなられるということがありました。

クスリはリスク。
使い古された言葉でありますが、覚えておかなければならないことです。
一般的には薬は厳重な審査をうけて、
副作用の程度と発生頻度を検討された上で、
薬を服用することによる不利益よりも、
利益(効果)が圧倒的に高いことが確認されて世にでてきます。

ただ、副作用というのは確率です。
薬には添付文書というものがあるのですが、
それには、副作用の欄に、頻度としては、
0.1%以下とか、それよりももっと頻度が小さい場合、
「頻度不明」などといった様に書いてあります。

重症の薬疹が生じる確率は100万人に数人という程度で、
さらに命に関わるのはその10分の1以下と言われています。

しかし、いくら確率が何100万人に一人であっても、
起こってしまった人にとっては、確率は100%です。

ここに現実の診療の難しさがあります。
これは、薬に限らず、医療そのものに内在する不条理です。
どんな薬にも、どんな治療や検査にも、
程度の差こそあれ、絶対安全というものはありません。

もちろん、そのことを知った上で、
できうる限り不利益が生じないように細心の注意を払って
診療を行う義務が医療者にはあります。

充分注意をすることで避けられる副作用もあります。
アスピリン喘息のある人への非ステロイド系消炎鎮痛剤の投与や、
コントロールできていない糖尿病の人へのステロイド投与など。

これに対して、薬疹やショックといったものは、
以前に同じことがなかったかどうかを尋ねることで、
回避できる場合もありますが、
全く予測不可能な場合もたくさんあります。

できればもっと医学が進んで、例えば、
「この遺伝子を持った人にはこの薬剤を投与してはいけない」
といったことが事前に分かる世の中になってほしいなと思います。

***
学生時代、初めて抗生物質を飲んだ時のことを覚えています。
足の傷からリンパ節が腫れて診てもらった時のことでした。
「ショックおこしませんかね?」
診ていただいた内科の先生に恐る恐る尋ねました。
その先生、
「そりゃ、可能性はないとは言えないね。
ただし、その確率は、君が家に帰るまでに
交通事故に遭う確率より低いと思うけど。」
そんな風に答えてもらったことを覚えています。

***
クスリはリスク。
我々は(自分も含めて)、しばしば薬の恩恵ばかり期待し、
リスクについて深く考えずに薬を希望してしまう場合があります。
もちろん患者さんによっては、
副作用のことを心配しすぎて、服用するタイミングを逸して
治療が後手に回る結果になる場合もなくはありません。

診療する側としては、
「この薬は、どうしても必要な薬か?」
「この検査は、どうしても必要な検査か?」
そうしたことを、充分吟味した上で、
医療を行って行きたいと思います。

それでも一定の確率で有害事象は生じてしまいます。
薬剤を開発する方々には、
有害事象の確率が、限りなく0に近い薬剤の開発を
切に希望します。

それに対して、我々医師も、充分な知識を持って、
避けられるべきものは極力避けるように
努力しなければならないと思います。

その上で、さらに万一、それでも有害事象が生じてしまった場合、
患者さんやご家族に寄り添って、
サポートできるようにならなければと
この日が来るたびに自分にいいきかせています。