ミトコンドリアについてのアップデート2 

前回に続いてCell Metabolismという雑誌に掲載されていた
”Mitochondrial signal transduction”という論文を読んでいます。

ミトコンドリアに情報がインプットされたあとの流れです。
(DeepL簡易版で翻訳したものを読みながら自分なりにまとめています)

<ミトコンドリアのシグナル統合>
シグナル統合の最も単純な形は、
入力された情報が共通のセカンドメッセンジャーに変換されるプロセスです。
例えば、細胞内では、複数の細胞表面受容体が刺激された結果、
cyclicAMPやCa2+などの共通の
化学的セカンドメッセンジャー分子の生成に集中し、
それが下流で広く作用する反応の引き金となります。

この統合には、個々のミトコンドリアが周囲の別のミトコンドリアと
応答しながら行っている様なのですが、
その応答の仕方もいろいろあるようです。

1つは、ミトコンドリア同士が融合するタイプ。
いわゆる「合体!」ですね。

mtDNA、タンパク質と RC 複合体、脂質、代謝物、イオン、
膜電位を含むマトリックスなど、
すべての構成要素を交換することができるようになります。

次の情報交換は、ミトコンドリア外膜同士を接着させるタイプ。
内容物までは混ざりません。

タンパク質交換や膜電位、他の物理化学的シグナルの伝播のための
物理基盤のやりとりは行われる様です。

もう一つ少し特異的な情報交換は、
ミトコンドリアナノトンネルと呼ばれるもので、
少し離れたミトコンドリアに突起の様なものを伸ばして情報を伝える様です。

その他、直接的な接触を行わない情報交換としては、
拡散シグナルを介したコミュニケーションがあります。

活性酸素を放出せよ、みたいな情報は、
実際に近くのミトコンドリアが放出した活性酸素が引き金で
さらなる活性酸素放出が行われる様です。

またミトコンドリアは細胞質内を結構動き回る様です。

それによって、効率よくカルシウムイオンを取り込んだり、
細胞の中でのミトコンドリアの情報交換を迅速に行っている様です。

またミトコンドリアは
他の細胞内小器官(小胞体やライソゾームなど)とも
機能的な相互作用を行っている様です。

このように、MIPSはミトコンドリアの集合体として
他のオルガネラと物理的、機能的に相互作用しています。

そして、これらの情報を感知し統合する能力は適応的であり、
ミトコンドリアは細胞内および環境条件の変化に応じて
形態・機能状態を調整し最適化することができる小器官なんだそうです。

ただし、進化と適応の究極の単位は、
ミトコンドリアネットワークでもなく、
個々の細胞でもなく、生物を構成する細胞の集合体(宿主)にあります。
したがって、ミトコンドリアが情報を感知し、統合する目的は、
生物自体の適応と健康を最適化することにあるはずです。

そこで、次なるステップ、
ミトコンドリアシグナル伝達(アウトプット)が重要にになってきます。

<ミトコンドリアシグナル伝達>
入力された情報は、ミトコンドリア内で統合され、
あるいはミトコンドリア間で情報交換され、新たな情報として生成され、
最終的にいくつかの伝達経路を介して、
細胞内小器官の代謝を変換させたり、細胞核内の遺伝子発現と結びついたり、
さらには、細胞外にシグナルを放出し、
隣接する細胞や遠くの標的臓器の代謝プロセスにまで影響を与えるます。

伝達される情報としては、
小代謝物、タンパク質、DNA、ステロイドホルモン、熱などの非分子シグナルなど、
細胞および生体機能に影響を与えるように進化したシグナルが、
ミトコンドリアから合成、放出されるます。

これらの応答は、
ミトコンドリア由来の代謝物やマイトカインとして直接、
あるいはメタボカインや他のホルモン様メディエーターを
コードする核遺伝子の転写調節を介して
間接的に全身循環に伝達されます。

また細胞には、アポトーシス(細胞死)という現象があります。
これは細胞が健康を維持できないと判断された場合に、
自ら死んで他の細胞の影響を最小限に抑える現象です。
このアポトーシスにもミトコンドリアは関与しているそうです。
というか、いち早く細胞内外の環境の状況を把握するのは、
ミトコンドリアが早い様で、その結果、
アポトーシスが必要と判断された場合などは、
ミトコンドリアからアポトーシス誘発因子が放出され、
核の染色体に働いて一連の現象が起こっていく場合もあるようです。

染色体をどう発現させるか、
これをエピゲノム、あるいはエピジェネティクスと呼ばれています。
このエピジェネティクな変化が起こるためには、
ヒストンと呼ばれるタンパク質が遺伝子を包み込むメチル化という過程や、
逆にこのヒストンをほどいて遺伝子を活性化させる
脱メチル化という課程が必要なのですが、
ミトコンドリア代謝の直接的産物がこの課程に影響を与えている様です。

もう一つ、ミトコンドリアの代謝産物として、
メラトニンも重要な役割を果たしています。
ミトコンドリア内では、2つの酵素が働いて、
アミノ酸L-トリプトファンからメラトニンが合成されるそうなのですが、
メラトニンは身体全体の概日リズムに関連しています。
これもミトコンドリア発の全身への情報伝達です。

このように、ミトコンドリアの代謝産物は、
細胞内への情報伝達だけでなく、
遠く離れた細胞にも影響を与えていることがわかってきました。

ここでもう一つ、ミトコンドリアのDNA自体も、
細胞内や細胞外に放出された場合、
それはシグナル伝達の一つになるともこの論文は書いています。

ミトコンドリアのDNAが細胞質内に出てきてしまうというのは、
そのこと自体異常事態なわけで、
細胞質内にはこの異常事態を感知するメカニズムがたくさんあります。

実はこれ、当院のブログでも一度ご紹介したことがあるんです。
Let’s Study 自然免疫! 4

つまり、ミトコンドリアのDNA自体がシグナル伝達となる場合、
それは自然免疫の誘導となるわけです。

<総括>
さて、いろいろとだらだらと文章で書いてきましたが、
僕自身、理解できた、あるいは理解できたつもりのところだけを
部分をまとめてみました。

今回の論文で、ミトコンドリアは単なるATP合成の工場ではなく、
いろいろな細胞を取り巻く環境の認知を行い、
その変化に合わせて情報処理を行い、
適切なシグナルを周囲に提示している重要な器官であることがわかりました。

さらに、この論文の最後には、
ミトコンドリアの多様性についても言及しています。
単なるATP合成工場ではななく、
むしろマイクロプロセッサーの様な、
情報処理を行っているミトコンドリアですが、
実は組織特異性があるのではないかというのです。
つまり、脳には脳の、心筋には心筋の、副腎には副腎の、
それぞれ適したミトコンドリアのサブタイプがあるのではないかと言うのです。

実はそのうちにブログで書こうと思っていたのですが、
マクロファージも、近年いろいろな多様性が注目されているようです。
昔はダメになった組織や異物を食べる免疫細胞と思われていたのですが、
炎症の最初と最後で真逆な役割を果たしていたりします。

組織(心筋、骨格筋、内分泌腺・・・などなど)が生まれてくる途中で、
組織に応じたミトコンドリアが分裂・生成されるのか、
できあがった組織にずっと存在するとミトコンドリアの性格が変わるのか、
そのあたりは今後明らかにされていくことでしょう。

そして最終的にはいろいろな病気の治療にも直結してほしいものです。
ミトコンドリアの劣化と感音難聴(加齢性難聴など)は関連がありそうです。
そうした、今まで不可逆的だと思われていた病態に対して、
ミトコンドリアというアプローチも一つの戦略となる日がくるかもしれません。

また、今回触れませんでしたが、
ミトコンドリアから全身に発せられる情報の中には、
メンタルに関連するものもあるようです。
実際、コルチゾールなどは、物理的なストレス耐性に対してだけでなく、
心理的なストレスに対する対処にも関与するわけですから、
ミトコンドリアを元気にしておくことは精神的な健康にも影響を与えるものと思います。。

Long-COIVDとミトコンドリアの関係は結局の所よくわかりませんが、
Long-COIVDが生じるメカニズムの中のいくつかは
ミトコンドリアが関与していそうな気がします。

ここから単なる妄想ですが、
たとえば、Long-COIVD患者さんでは、
BCAAをBCKAに変換する酵素BCATmに対する自己抗体などができている
なんてことはないのでしょうか?
(まあ、それならステロイドや免疫抑制剤が効くでしょうから違うかな)

ミトコンドリアはその他、老化とも深い関連がある様です。
羊土社からこんな本が出ていることに気がつきました。

今度はこれを読んでみようかと思っています。