本の紹介:音と文明

音と文明

『音と文明 音の環境学ことはじめ』
大橋 力(おおはし つとむ)著 岩波書店

岩波書店の、「21世紀に読み継がれるべき本」の一つというのを
どこかで読んだように思います。

著者の大橋力氏は、農学博士で、分子生物学、脳科学、
情報環境学などでも活躍されていて、科学者である一方、
山城祥二の名前で「芸能山城組」を主催、
映画「AKIRA」の音楽も担当されていた方です。

この本を読むきっかけとなったのは、
たまたま続け様に読んだ2冊の別の本
『倍音』(中村明一著 春秋社)
『皮膚感覚と人間のこころ』(傳田光洋著 新潮選書)
の中で、”ハイパーソニック・エフェクト”なる現象について、
この本とともに紹介されていたからです。

ハイパーソニック・エフェクトとは・・・

人間の耳で聞こえる音の周波数は、
一般的に耳鼻咽喉科の医院では聴力検査の際の周波数は8KHzまでですが、
実際には子どもでは15KHzから、よく聞こえる子なら20KHzくらいまで
聞こえると言われています。

しかし歳をとると高い周波数から徐々に聞こえなくなってきます。

今年の春に学会で8KHZより高い周波数が計れる機械が展示されていたので、
実際に調べてもらったところ、
僕の聴力はすでに10KHz付近で急に聴力が落ちているようで
大いにガッカリしました。

ま、それはさておき、著者のグループがなされた仕事から、
人間の聴くことのできる周波数をはるかに超える、
26KHzを超える超高周波を含んだ音を聴くと、
人間の脳はこれを感じるらしく、α波がたくさん出たり、
PET(放射性物質を用いたCTのような検査)を用いた研究では、
脳の活動が高まることが観察されたり、
あるいは、免疫細胞の活性化や対ストレス耐性が上昇したり
といったすてきな効果がみられることがわかりました。

こうした効果は、可聴域の音楽だけでは現れず、
逆に、超高周波成分だけを聴いても生じません。
また、耳からイヤホンで聴いた時には現れず、
スピーカーで聴いたときに生じるもので、
どうやら、耳からの情報に加えて皮膚から何らかの情報が脳に伝達され、
初めて生じる効果なんだそうです。

この話を読んだときに僕はびっくりしました。
耳以外の場所にも聴覚が存在するなんて!

まあ、こうした効果が本当にあるのかどうか、
どういう機序で生じるのかといったことには、
完全には結論はでていないようではありますが、大変興味深いことです。

もともとこうした効果を調べようとしたきっかけは、
ガムランなどの東洋の音楽を聴いていると、
一種のトランス状態(変性意識状態、神がかりみたいな感じかな?)に
入る人がいるらしいのですが、
そうした現象がCDでは起こらないということにあったからだそうです。

おりしも、音楽業界が、アナログのレコードからCDに移行した頃で、
「CDは何か冷たい感じがして入っていけない部分がある」
という音響マニアの人と、
「20KHz以上の音は聞こえないのだから論理的に考えてそんなはずがない」
という音響業界の人たちの間で論争が繰り広げられていた時期でした。

こうした疑問を解決すべく、いろいろな工夫をして、
大橋氏のグループはハイパーソニック・エフェクトを見つけます。

この聴覚における効果と同様のことが、視覚にもみられると、
この本の最後の章に書かれています。
つまり、ハイパーソニックサウンドを聴きながら、
人間の目の解像度以上に細かな解像度で映像を見た場合、
脳により強いα波がでてくることまで見いだしたそうです。
これを、ハイパーリアル・エフェクトと名付けていらっしゃいます。

ところで、この26KHzを超えるような超高周波の音は、
現代都市の音環境にはあまり含まれていないそうです。

こうした音は、必須栄養素と同じような「必須音」だと著者は述べています。
元来、熱帯雨林で生活していた私たちの祖先から受け継がれた
遺伝子に基づいて脳が欲求しているものだというのです。

現代社会では、こうした超高周波音をそぎ落としてきたために、
抑うつ状態などが生じやすいのではないかというのです。

最近、音楽業界ではハイレゾという規格が注目されています。
今までのCDよりもより細かく音を再現し、
今までカットされてきた高周波数の音も再現できるようになってきました。
また、映像も3K、4Kといった高解像度の映像を
楽しめるようになってきました。

ようやく人間の脳の働きにみあう技術が追いついてきたということでしょうか?
今後の技術の発展に期待したいと思います。

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