本:良い加減に生きる 歌いながら考える深層心理2 

『良い加減に生きる 歌いながら考える深層心理』 きたやまおさむ・前田重治,講談社現代新書

この本の後半は、精神科医らしい、
人生についての考察がなされています。

タイトルの「良い加減」という言葉には、
文字通りの「よい加減」という意味と、正反対の「いいかげん」という
両方の言葉使いがその時の文脈で用いられます。
こうした言葉は日本語には結構あります。

たとえば「適当」という言葉。
ちょうどいいという意味もありますが、
いい加減でちゃらんぽらんみたいな意味もあります。

これは筆者(北山氏)自身が、
自分の生き方についても言及されています。
北山氏は、精神科医北山修先生と、
歌手で作詞家のきたやまおさむさんの両方の顔をもっています。

若いときから、「AかBか」という選択を何となく感じながらも、
「AでもBでも」どちらと決める必要もなく、さらには
「AもBも」でもいいのじゃないか、
そんな考え方で生きてこられたそうです。

精神衛生上は「AかBか」はっきりさせる方が楽です。
でも、実際にはそんなに簡単に割り切れるものは少なく、
中腰で取り組む必要のあるものごとはたくさんあります。

話は逸れますが、耳鳴りの患者さん・・・
耳鳴りに限らず、いろいろな病気の患者さんの多くは、
”耳鳴り(あるいはその他の困った症状)の全くない、
天国のような生活”と、”耳鳴りで何もできな地獄の生活”
という2つの状態しか思い浮かべることができません。

実際にはその間には連続的に無数の状態があって、
耳鳴りがあっても普通に過ごすことのできる状態があるはず
なのですが、実際にはそれを俯瞰することができません。

この場合は「AかBか」と「AもBも」というたとえとは
ちょっと違いますけどね。

まあ、強引に診療の話に持って行ってしまいましたが、
これは治療を受ける患者さん側の話だけではありません。
「中腰で粘り強く物事に取り組む」
これは治療をする側にも必要とされる態度です。

治療者がやりがちなのは、
自分の知っている病態に患者さんの方を当てはめてしまうことです。
これは、数学の問題を解くのに似ています。
「ああ、これはあのパターンだな」
と分かれば、解法はおのずと出てきます。
それで勉強した知識で答えを出せば正解が得られます。

実際におそらく8割くらいは
何とかそれでうまくいくのだと思います。

ですが、生身の患者さんの場合、
必ずうまくいくとは限りません。
症状が解決したと思ったら、別の症状を訴えられる場合もあるし、
これでよくなるはずだと、自信満々に処方をしたのに、
全然よくなりませんと次の診察で言われてしまう始末。

こういう自分の範疇に収まらなかった場合にどうするか。
もちろん、自分の知識が足りない場合もあるでしょうから、
謙虚に受け止め、
場合によって高位の医療機関で精査をお願いする必要があります。
場合によっては心療内科的、精神科的なコンサルトも
必要な場合もあるかもしれません。
それでも、大きな病院や他院や他科でも
特に問題がないと言われた場合、さてどうするか。

「AかBか」と簡単に割り切れないものごと。
「粘り腰」という表現が最もふさわしいかもしれません。