『超と脳』第2部 直感と内臓感覚3 直感的な判断1

前回は、情動理論の発展の歴史と、
ストレス関連の病気が脳腸マイクロバイオーム相関に
密接に関連しているという話をしました。

脳腸マイクロバイオーム相関は病気だけでなく、
日常生活そのものにも影響を与えていると筆者は言います。

私たちが日常生活で下す判断の多くは慎重な熟慮の産物であり、
論理に基づて行っています。しかしその一方で、
分析や理性的な考察を経ずになされる選択もあります。
何を着るか、何を食べるか、どの映画を観るか・・・等々。
つまり直感による判断です。

人は、政治的判断、個人的判断、職業上の判断、誰と結婚するか、
どの大学に進学するか、どんな家を購入するかなど、
種類をまったく問わず、
論理的な思考だけでなく内臓感覚も使って
判断をしているのだと筆者は言います。

内臓感覚と直感は、同じコインの表と裏であり、
直感は既製の洞察をすばやく手にする能力と見なせます。
私たちは理性的な思考や推論を経ずにただちにものごとを見抜き、
理解することができ、ときに、何かがおかしいと直感します。

では、内臓感覚とは正確には何なのか?
その生物学的な基盤は何か?
腸が脳に発するシグナルは内臓感覚の生成に
どのような役割を果たしているのか?
内臓刺激はいつ情動的感情になるのか?

(内臓感覚を含め)感覚とは、脳のいわゆる
サリエンス・システムを利用する感覚シグナルをさします。
サリエンスとは、環境内で際立つ重要な事物や事象が
注意によってとらえられ、維持されるレベルをいいます。

脳のサリエンス・システムとは、
自分の身体に由来するものだろうが、外界に由来するものだろうが、
入力されたシグナルが注意のプロセスに入り、
意識にのぼるに値するか否かを評価する仕組みです。

たとえば、本を読んでいる最中に、周囲にハチが飛んでいたら、
本の内容よりハチに注意を向けます。
戸外に響き渡る雷鳴も、本から注意をそらすことでしょう。
それに対し、音量を絞ったBGMや、
戸外のそよ風には気づきさえしません。

このように、何に意識を注意すべきかを決める脳のシステムを、
サリエンス・システムと呼ぶのだと思います。

では、サリエンス・システムは、
内臓感覚として意識上に取り上げるべきシグナルを、
いかに決定しているのか?

このプロセスに必須の脳領域は、
サリエンス・ネットワークの中枢たる島皮質です。
この島皮質を構成する各領域は、
内受容情報を記録、処理、評価し、
また、内受容情報に反応する役割をそれぞれ果たしています。

まず身体イメージの表象が、脳の基底部に位置する、
脳幹と呼ばれる神経核のネットワークにコード化されます。
そこから、その情報の多くは、後部島皮質に達します。
この時点におけるイメージの知覚は、
身体を構成するあらゆる細胞の状態を反映する、
モノクロ画像のようなものなんだと筆者は言います。

次に島皮質のイメージは洗練、編集され、色がつけられます。
すなわちプロの写真家の編集作業の様に、
感情、認知、注意といったツール、
ならびに過去の経験を蓄積する記憶データベースを用いて、
イメージの質や解像度が高められていきます。
そして、編集作業が進むにつれ、
脳の注意ネットワークが強く関与するようになり、
私たちはイメージに気づき、何かをしようと動機を抱くことになります。

つまり、脳に送られた内臓刺激や消化管で生じた事象に応じて、
私たちは何かを食べよう、排便しよう、
休もう、駆け出そう、体力を節約すしよう、必死に努力しよう・・・
などといった行動を起こそうとする欲求を感じるのだそうです。

島皮質はこのプロセスにおいて働きを担ってはいるが、
この並外れた課題を単独で成し遂げているわけではなく、
脳幹のいくつかの神経核や皮質のさまざまな領域を含め、
内受容ネットワークに属する他の脳領域と
密接な連携をとりながら遂行しています。

内臓感覚の書庫は、四六時中集められており、
膨大な情報は、近年言われているビッグデータのようなもので、
脳内で収集されたデータは、きわめて個人的な経験や衝動、
あるいはそれらに対する情動反応に関するものであり、
誕生時から、あるいは胎児のころから
収集されているかもしれなません。

しかし、ほとんどの人はそれに注意を払ったり、
その意義を考えてみたりはしませんが、
このプロセスは内臓感覚に基づく判断に
大きく寄与しているのだそうです。

次回に続く