蹴上がりの練習

先日、じぶんの小さな頃の「センス・オブ・ワンダー」を探して、
あやふやになってきた小学生の頃の記憶をたどって、
なんとかいくつか思い出してみました。

何かに熱中していたこと・・・
不思議さや神秘的なことで夢中になったことは、
残念ながらあまりなかったのですが、
小学生のころいくつか夢中になって取り組んだことがありました。

ま、迷路作りや超能力の開発もそのうちの一つでしたが、
それ以外に・・・

一つは鉄棒。

小学生の高学年の頃、僕は一時、鉄棒に凝っていました。
「蹴上がり」というワザがあるのですが、
それができるようになりたくて、
来る日も来る日も練習していました。

今思えば、誰かちゃんとした指導者に教えてもらえば、
もっと簡単にできるようになったか、
あるいは、自分は素質がないかがはっきりして、
むだな努力はしなかったかもしれません。

しかし、田舎の小学生、
そんなこともしらず、ただもくもくと鉄棒にぶら下がって、
来る日も来る日も、
蹴上がりの練習をしていたことがありました。

おそらく2~3週間くらい、一人で練習していたのじゃないかな。
今思えば、変な子どもだったと思います。

当時の僕は数さえこなせば、
そのうちに出来るようになると信じていました。

ちょうどその頃、校長先生が朝礼でお話されていました。
「やればできる!」と。
目立つ所に、「やればできる」と書いて貼っておきなさい。
そうして、ことあるごとにその紙を見て「やればできる」と唱えなさい!
そうすれば、いつしか物事は成就すると。

今、思えば、「アファメーション」という
自己願望実現の一つの方法ですね。
そんな昔からあったんだ。

それを校長先生から聞いた純朴な小さな板谷少年は、
電気スタンドにマジックで書きました。
毎日「やればできる」と唱えた覚えはありませんでしたが、
僕の幼い頃の一つの行動規範に
多少は影響を与えたのじゃないかと思います。

少し前ですが、
田舎に帰った時に実家の掃除をしていた時に、
自分が使っていた電気スタンドがでてきました。
これです。
ボロボロですけど書いてあるでしょ。
WS000012

大人になった今は、
頑張ってもどうしようもないこともあるくらいのことは知っています。
逆に、それを知ることが大人になることだったのかもしれません。

でもでも、それをさらに考えれば、
そこをまたなんとかひと工夫もふた工夫もすることで、
「やればできる」が実現する可能性があることも事実なんですが。

ま、何はともあれ、純な子どもの頃の僕は、
蹴上がりも、練習さえすればできるものだと思っていました。

今は知っています。
どんなに感張っても努力の方向(ベクトル)が
間違った方向を向いていたら、頑張れば頑張るだけ、
目標から遠ざかってしまうということを。

だから、一番効率の良い努力は、
(ま、自分よりよく知っている人がいる場合に限りますが)
よく知っている人にコツを教えてもらいながら、
その方向にむけて努力することですね。

↑ま、これは、あくまで、一般的なレベルに追いつくまでの話です。
もし、その道で突き抜けたいという場合は、
むしろ今までの既成概念に囚われずに、
むしろもっと自由な発想で
物事に取り組んだ方がいいでしょうね。

ま、それはここでは置いておいて、
とにかく僕は、何回も何回も蹴上がりの練習を続けていました。

そんなある時、
校長先生だったか(ちょっと今では記憶があやふやです)が、
僕が鉄棒にぶら下がって練習をしている様子を見ていて、
「鉄棒にぶら下がって足を上げた時に、
おしりが一番下にくる様な姿勢になるといいよ」
とアドバイスしてくださいました。

僕は、なんとなくずっと、
両足を前上方に投げ出すことにばかり努力をしていました。
そうではなく、足は鉄棒に引き寄せるようにして、
おしりが一番下になるようにして、
そのあと足は下に向けて振り下ろすだけでいいのだと。

その時は、そんなものかと、
わかったようなわからないような顔をしていました。

しかし、数日それを意識して練習をしていたら・・・
思わず、蹴上がりができてしまいました!

この時は思わず、「やったー!」と声を上げてしまいました。

そして、一度コツをつかんでしまうと、
毎回必ずというわけではないにしても、
数回に1回は蹴上りができるようになったのです。

さすがに45年くらい前の出来事。
今や、メタボな身体つきになってしまって、
鉄棒にぶら下がるだけでも、
1分と持たない様になってしまいましたが、
この小さな成功体験は、
その後の僕の人生における、
「やればできる」という考えをささえてくれる
いい思い出となっています。