僕が医師になるまで10

まあ、僕が卓球部に入るいきさつは、
そんなことで、もともとは、縦のつながりが欲しかったことと、
昔のラケットなどが使えるだろうと、
それに経験者ならまあ、最初のハードルも低いだろうし、
もともと身体能力は大して高くありませんから、
大学で新しく何か始めるとしても大したことはできないだろうなとか、
結構打算的な考えからでした。

だけど、経験者だったことは、予想以上に有効で、
もともと少人数だったこともあり、重宝がられて、
試合に出していただきました。

結局卒業するまで6年間、
卒業間際はさすがにたまにしか練習にでられませんでしたが、
部活を続けることができました。
そんな部活から学んだこともたくさんあります。
たとえば・・・

<苦手があると伸び悩む>
卓球をご存じない人には分からないかもしれませんが、
プレイのスタイルというのがあります。
卓球台にへばりついてプレイするのが前陣速攻型、
少し離れて威力のある球を打っていくドライブマン、
今はあまり見なくなりましたが、カットマンという、
後ろの方でカットで守備をしながら相手のミスを誘ったり、
甘い球がきたところで反撃を行うタイプなどがありました。

僕は変則の騙くらかしの前陣速攻でした。
ペンホルダーでしたが、
ラケットの裏に異なる性格のラバーを貼って幻惑させるタイプ。

正当派のドライブマンとは意外にいい試合をしたものですが、
カットマンが大の苦手。
相手がカットし出したら、すぐさま自滅です。

こういう苦手のタイプがあると、やはり上には行けません。
個人戦では必ずカットマンとやって負けていました。

<精神論ではダメ>
それでも、一度西日本医学生大会で、
5回戦まで勝ち上がったことがありました。
5回戦でBest64、内シード確定でした。

それでいい気になって、次の年、
次は外シードだ!と意気込んで試合に臨みました。
結果は全然ダメ。3回戦くらいで敗退でした。

頑張って練習しました。
少なくとも自分ではそう思っていました。
でも、何を頑張って練習したのでしょうか?
特に新しい技術を習得したという訳でもなく、
新しい戦法を自分のものにしたというわけでもなく、
闇雲に練習していただけでした。
何事にも、相違工夫が必要だと痛感しました。

ま、他にも卓球を通して学んだことはたくさんありましたが、
あとはまた別の機会にお話したいと思います。