食事という奇跡

僕の記憶が確かならば・・・
まあ、それがあまり確かでないのがしばしば問題なのですが、
まあ、今回はその問題は置いておくとして・・・

”禅宗のお坊さんは食事の時にひたすら黙って食事を摂る”
とどこかで聞いたような気がします。

その時には、、
「生きているものを頂き、私たちは生かされている。」
という感謝の気持ちを噛み締めて食べること。

また、いろいろな健康に関する本には、
「よく噛んで食べること。1口30回は噛みましょう!」
なんてことが書いてあります。

そこで最近、ご飯を食べるときにやってみてるのが、
よく噛みながら、口に入れた食材に思いをはせること。

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たとえば、こんなおかずだったとしましょう。
写真は嫁さん提供。

出汁巻きであれば、
卵はどこから来たんだろう?
どこぞのコッコちゃん(あ、鶏のことね)が産んだんだ。
そして、鶏卵業者の人がそれを集めて、
問屋からスーパーを経て、我が家の食卓にまで。

あるいはポテトサラダ。
ジャガイモ、これは僕の実家からのもらいもの。
妹夫婦と母親が作ってくれました。

あるいはきんぴらごぼう。
ゴボウはやはり実家から。

あるいは大根葉とじゃこ。
大根葉は同じく実家から。
じゃこはスーパーで嫁さんが買ってきたんだろうけど、
もとはどこかの海で泳いでいたんだろうな。

あるいはサーモンユッケ。
サーモンはどこか北の海で泳いでいた鮭。
海苔は近海で採れたものでしょうか?
それとも韓国から?

さらには調味料の塩。
伯方の塩?それとも宮古島?アンデスの塩?
そんな有名な塩じゃないとしても、
どこかの海か山から採られたものかな?

他にもお醤油、ごま油なども使ってるでしょう。
これらも日本のどこかで採れた大豆や胡麻が原料。
(あ、日本とは限らないか)

そして、写真にはないけど白ご飯。
これは、僕の同級生が作ったお米をネットで注文した
美味しいお米。

などなど。
いずれも、食卓に並ぶまでには、
いろんな人の手がかかっています。
(あ、料理を作ってくれた嫁さんにも感謝です。)

このように、おかずを口に入れた時に、
その食べ物の出自を考えてみます。
そうすると実に世界中、日本中からはるばるやってきて、
僕の身体に入ってきたことがわかります。

以前に「動的平衡」の本の話をしました。
我々の身体は、
食べたものでどんどんと置き換わっていると。

だとしたら、
実に世界中の物質がたまたま僕という体の中で
出会っているわけです。

これってほとんど奇跡だと思いませんか。

ま、そんなことを考えながら食事をしていますと、
自然と目を閉じて咀嚼している自分がいます。
ふむふむ・・・中々、食事って奥が深いな。

そんな目を閉じて口をモグモグしている僕に、
うちの子どもが言いました。

おとん!(僕は家ではこう呼ばれています)
寝ながらご飯食べたら危ないじゃない!
のどに詰めるよ!