ミトコンドリアについてのアップデート4

前回からの続きです。

実験医学 Vol.37 No.12 2019 増刊号 ミトコンドリアと疾患・老化,羊土社

を読んでいます。

<第2章>ミトコンドリアと疾患・老化

ミトコンドリア病
ミトコンドリア機能が低下することが原因でひきおこされる多様な疾患群p.72
原因:ミトコンドリアが有するmtDNAの突然変異と、
核DNAにコードされたミトコンドリア遺伝子の突然変異、あるいはその両方

ミトコンドリアは細胞内で互いに融合と分裂を繰り返しながら、
遺伝子産物や内容物を交換・均質化することによって
呼吸活性を維持するシステム
が存在する。
このシステムの異常によっていろいろな障害が生じる。

ミトコンドリア病以外にも、糖尿病や神経変性疾患、がんなど多様な疾患と
mtDNAの突然変異との関連が指摘されている
が、こうした疾患の一部は、
mtDNAの突然変異と核ーミトコンドリア間クロストークによって
生じている可能性がある。


ミトコンドリア病の原因遺伝子p.80:
ミトコンドリア病はミトコンドリア呼吸鎖異常症
(MRCD:mitochondrial respiratory chain disorder)とほぼ同義。

病気の主座がどこにあるかにより
ミトコンドリア脳筋症、肝症・心筋症などに分けられるが、
すべてのミトコンドリア病で全身の症状が発現する危険があるp.80。

臨床診断:
まずは疑うこと。 一人の患者さんが
単一臓器由来で説明のつかない症状・所見を持っているときには
ミトコンドリア病を疑う必要がある。

特に幼小児期には、
①脳筋症状に加え、②消化器・肝症状、③心筋症状が3大症状とされる。


ミトコンドリア病の病因遺伝子の機能に基づく分類p.83:
ミトコンドリア病はそのメカニズムに基づき6つのサブグループに分けられる。
①ミトコンドリア呼吸鎖サブユニットおよびアセンブリータンパク質の異常
②mtDNA、RNA、タンパク質合成の異常
③呼吸鎖上流(基質供給系)の異常
④補酵素系の異常
⑤ミトコンドリア維持機構(分裂・合成調節機構を含む)の異常
⑥呼吸鎖阻害物質の産生

この中で補酵素系の異常はその多くが治療可能な疾患であり、
病因遺伝子の迅速な解析が、
病態の解明はもとより新規治療法の開発へも直結する。


治療についての最近の話題p.85:
ミトコンドリア病の根治的治療法はなく、
一般的に高脂肪食およびミトコンドリア病ビタミンカクテル等を使用。

最近、tRNA(Lue(UUR))異常によりおこる3243変異をもつMEALSに対して
タウリン補充療法の有効性
が報告・・・2019年2月に保険薬として承認。

5-アミノレブリン酸(5-ALA)
呼吸鎖の構成タンパク質であるヘムの前駆物質 「5-ALA+鉄」投与で、
ヘム量を増加させ、呼吸鎖IV活性・酵素量↑
⇒低下したミトコンドリア機能を改善という報告(動物実験)


個体の老化と細胞の老化p.87:
加齢に伴って増える老化細胞が体内に比較的長く存在し続けること。
老化細胞から炎症性サイトカインなどが分泌される。
これらにより蓄積される老化細胞が組織や個体の機能低下を引き起こす。

近年、ミトコンドリアの分裂・融合異常が
虚血再灌流障害や心筋症、ハンチントン病、アルツハイマー病、
筋萎縮性側索硬化症(ALS)、糖尿病合併症
といった様々な疾患と関連することが明らかになってきている。

ミトコンドリア創薬への応用
シルニジピン・・・MeHg誘発性心筋ミトコンドリア分裂を有意に抑制との報告


ミトコンドリア機能異常による心不全p.94
心臓は全身の循環維持のため絶え間なく拍動しており、
その高いエネルギー要求性からミトコンドリアにその機能を大きく依存している。

ミトコンドリアは融合fusionと分裂fissionを繰りかえしている
融合が活性化すると長くつらなり、分裂が活性化すると断片化。
障害をうけたミトコンドリアは正常のミトコンドリアと融合することで品質を維持。
一方、分裂することでより不良なミトコンドリアを切り離して
オートファジーによる選択的にミトコンドリアを分解(マイトファジー)


慢性心不全の不全心筋ではmtDNAのコピー数の減少による
ミトコンドリア生合成の低下によって、
ミトコンドリアの呼吸鎖における電子伝達が効率的に行われず、
電子リークが異常におこり、
過剰に発生した活性酸素種(ROS)でミトコンドリアはさらなる障害をひきおこす。


ミトコンドリア脂肪酸代謝の破綻と心臓の拡張機能低下p.103:
膜を構成するリン脂質の脂肪酸組成に注目した場合、
飽和脂肪酸の含量が増加すると膜の性質(流動性)が変化し
細胞機能に大きな影響を及ぼす。

メタボリックシンドロームモデル動物や
心筋細胞特異的に脂肪酸の取込を増やした遺伝子操作マウスにおいて、
心機能が低下するという。

ラードを食べさせたマウスでは心臓の拡張機能が低下したが、
オリーブオイルでは機能低下はめだたなかった。


ミトコンドリアと糖尿病p.115:
ミトコンドリア糖尿病maternally inherited diabetes and deafness:MIDD
ミトコンドリア遺伝子に変異を認め、インスリン分泌低下型の糖尿病
単一遺伝子異常による糖尿病の中で最も高頻度
日本人の糖尿病の1%
ミトコンドリアDNA3243点変異

低身長、やせ
感音性難聴の合併率は92%
脳筋症23.2% MELASを12.5%、筋萎縮・眼瞼下垂を8.9%に認める。

ミトコンドリアDNAの変異は健常人においても加齢に従って後天的に蓄積する。


卵子老化とミトコンドリアp.121:
排卵・受精などの卵子における複雑な生命現象にはエネルギーが必要であるが、
主としてミトコンドリアにおける酸化的リン酸化によって生じたATPに由来する。

卵子老化の原因としては、
加齢に伴うミトコンドリアDNAの不安定性によって
卵細胞中に変異ミトコンドリアが蓄積すること、
加齢に伴い卵細胞におけるミトコンドリアの適正な生合成が行われなくなること
が推測されている。


ミトコンドリアにおけるイオウ代謝p.127:
最近、ミトコンドリアにおけるイオウ代謝がエネルギー産生に
重要な役割を果たしていることが明らかなになった。
システインのイオウ原子が一連の反応を経て参加されることが、
電子伝達系と共役しており、ミトコンドリアの膜電位の維持に重要。

ストレス応答とイオウ代謝
環境化学物質や食品添加物、土壌や回陽の重金属、さらには大気中の酸素など、
生体が環境から被るさまざまなストレスの多くは、
生体分子の酸化還元に影響を及ぼし、
タンパク質のカルボニル化、脂質の過酸化、
チオールの酸化やアルキル化といった形で生体分子の機能的変化をもたらす。

こうした非酵素的な生体分子の変化には、
生体における酸化還元反応において
重要な役割を果たしているイオウ原子がかかわる場合が多い。


生体内でのイオウ代謝の理解は、生体の環境応答、
ひいては、加齢に伴う生体の変化の理解に極めて重要である。

化学的ホルミシス効果ともいうべき現象:
弱い酸化剤をあらかじめ投与しておくと、
生体は強い酸化剤に対して抵抗性を獲得し
細胞障害や発がんといった病態を予防できる。

この適応の鍵がKEAP1-NRF2制御系
FRF2・・・強力な転写活性因子
KEAP1はその抑制性制御因子

ミトコンドリアの分裂活性の制御p.89・・・Drp1イオウ鎖
環境中には有機水銀やカドミウムなど、
生体に影響を与えるさまざまな親電子物質が存在する。
環境汚染物質の長期的暴露によって
Drp1タンパク質ポリイオウ鎖の
イオウが枯渇するとミトコンドリア分裂を誘発し、
血行力学的負荷に対する抵抗性を減弱させる原因となるp.90。


パーキンソン病の分子病態とミトコンドリア品質管理の破綻p.133:
パーキンソン病・・・中脳黒質ドパミン神経細胞の脱落により、動作が遅くなる、
手足が震えるなどの症状が出現する神経変性疾患の一つ。
しかし、パーキンソン病の病巣は脳に限局したものではなく全身性の疾患

2000年代になって、遺伝性パーキンソン病の研究はめざましい発展を遂げる。
パーキンソン病の約10%は遺伝性であるが、
多くの原因遺伝子が単離され病態解明に大きく貢献してきた。

Parkinタンパク質の発見:
Parkinは膜電位の低下した損傷ミトコンドリアを認識し、
オートファジーを発動することにより、
神経細胞内の品質管理(損傷ミトコンドリアのクリアランス)に貢献している。

細胞内では損傷ミトコンドリアの分解機構が備わっているが、
PINK1やParkinの変異による機能不全はマイトファジーの破綻を来し、
損傷ミトコンドリアの蓄積が細胞死を引き起こす
と推測される。


筋萎縮性側索硬化症(ALS)におけるMAMの破綻p.138:
ALS
運動神経細胞(運動ニューロン)が選択邸に変性し、脱落し、
進行性の麻痺と筋萎縮を呈する神経変性疾患。
本邦における有病率9.9人/万人 罹患率2.2人/10万人と推定され、
年間2000人が発症していると考えられている。

多くは孤発例だが10%に家族性発症あり。
原因遺伝子として25種類の遺伝子が同定されている。
スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)をコードする
SOD1遺伝子の変異が日本では多い。
ミトコンドリアと小胞体が変異SOD1によって機能不全をおこす。

最近になって、ミトコンドリアと小胞体が接する
MAM(mitochondria-associated membrane)の 機能的・構造的破綻が
ALSの病態に深く関与する
ことが明らかにされつつある。

長くなってきたので続きは次回。